Aug 30, 2010

コピー用紙の有効利用

私はコピー機やコピー機能を兼ね備えた複合機がないのに、多くのコピー紙は持っています。は、そのコピー用紙にはどうするかというと、裁縫や手芸を使用型紙にすることです。使い方は、コピー用紙をメンディングテープでの接続に合わせてチャコペンシルや鉛筆、ボールペンを使用して、自分で考え裁縫や手芸の形式を定規などを使用して持っていきます。コピー用紙は、コピー機がなくても手先が器用と型紙として使用してしまいます。
自宅にコンピュータを使用して、自分は歌の練習のための歌詞を、コンピュータのソフトウェアに打ち込んで保存させ続けるようにしています。このような完成された歌詞を家庭でコピー機を使用して、ホームのコピー用紙に印刷します。歌詞を印刷したコピー用紙はきちんと一枚一枚クリアファイルに挟んできれいに保存しています。
 宮崎県は25日、家畜伝染病・口蹄疫(こうていえき)の感染が否定できない症状を示す和牛5頭が都城市の繁殖農家で見つかったと発表した。採取した検体を同日夜、動物衛生研究所(東京)に送った。遺伝子検査結果は26日朝にも判明する。

 県によると、農家は和牛10頭を飼育。5頭は口の中にただれや傷が見つかった。

 県は今月作成した防疫対策マニュアルに従い、検査結果を待たずに公表し、防疫対策準備に着手。都城市に現地対策本部を設置し、殺処分などの防疫措置に備えて作業人員の確保や資材を準備している。また、陽性であれば、この農家から半径1キロ以内の畜産農家32戸への緊急立ち入り検査や、10キロ圏内の大型農場も含む280戸計約15万7300頭を対象とする目視検査、電話聞き取りを始める。半径20キロ以内の農場にも家畜の移動自粛を要請している。

 宮崎県では昨年4月、10年ぶりに口蹄疫の発生を確認。牛や豚など家畜約29万頭を殺処分した。【石田宗久】

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 東京電力福島第1原子力発電所の事故をめぐり、政府と東京電力とでつくる「統合対策本部」が2011年4月25日夕方、東京・内幸町の東京電力本社で記者会見を開いた。これまでは、東京電力、経済産業省原子力安全・保安院、文部科学省などが別々に会見を開いてきたが、対策本部として一本化された会見を開くのは初めて。

 会見では、放射性物質の拡散予測システム「SPEEDI (スピーディ))の計算結果を毎日正午に発表することが発表され、対策本部の事務局長を務める細野豪志首相補佐官は、

  「3月に利用できなかったことは申し訳なかった。運用する省庁の調整に手間取った」

と陳謝した。

■ベントが行われず朝方命令に切り替える

 細野氏は、津波に対する備えについて「全然充分ではなかった」と反省の弁を述べる一方、1号機のベントの遅れが指摘されていることについて、東電の担当者を前に、

  「判断するということがやりにくい会社」

などと東電批判の言葉を何度も口にした。

 細野氏は、「(3月11日から12日の)初期の対応について、どういう問題点があったと思うか」と問われ、

  「津波に対する評価が十分であったかと言われれば、全く十分ではなかったと思う。電源喪失に対する備えも、十分ではなかった」

と、備えが十分ではなかったことを認めた上で、 

  「ベントをどのようにやっていくのかということについて、率直に言って、様々な政府と東京電力とのやり取りの中で、十分なコミュニケーションが取れなかったということも、現場にいて感じている」

と、ベントを実行するまでのスピード感のなさに対して不満を口にした。

 さらに、「ベントの実施が、なぜ遅れたのか」と問い詰められると、

  「『ベントすべし』という判断は、実質的には11日の深夜、遅くとも12日の海江田大臣と東京電力の副社長が会見をした時点で、政府としては、『東京電力は腹を決めてベントをやるつもりだ』という共通認識に立っていた。ただ、なかなかベントが行われないということで、朝方、6時50分に命令に切り替えた。従って、11日夜から12日朝にかけて『ベントをすべし』という判断は、政府としては一貫して変わらなかった」

と、東電の判断が遅れたことを強調。判断が遅れた理由については、

  「東京電力からの説明が国会などで様々にされているが、技術的な問題とか、(放射)線量が上がったとか、そういう報告がなされている。その東京電力の言い分を、我々は官邸から見ていた」

と、「言い分」という言葉を使って突き放した。

■「結果的にあの時間になった」と釈明

 細野氏は東電の対応の遅さに相当業を煮やしていた様子で、

  「一言だけ申し上げると、ここは東京電力なので、若干申し上げにくいが、東京電力という会社自体は、非常に電力を供給するというルーティーンワークに非常に慣れた会社であって、何か大きな判断をするということが、若干やりにくい社風だったのかなぁ、といったことは感じていた」

と、具体的な東電批判すら口にした。

 一連の批判に対して、細野氏の隣に座っていた、松本純一・原子力・立地本部長代理は、

  「なにぶん、電源がないという状況。真っ暗な状況で現場の弁を探して、結果的にあの時間になった」

と釈明するのが精一杯だった。

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