Jun 16, 2011

国内旅行に行って家に出ていない

私は実家が北海道です。今年の夏の旅行というかの規定に行きました。数年ぶりにあったため、国内旅行のつもりで行きました。しかし、以前にはなかったようだが、蝦夷梅雨には毎日雨の連続です。約一週間滞在しましたが、どこにも行くことができず無効にしている。まあ親孝行のつもりはあるが、やはり、高い料金の精液を注いでいる国内旅行なので、来年には他のゴトエハゴと思います。
卒業旅行シーズンが近づいている。卒業旅行で海外に出る方も多いのではないでしょうか。卒業旅行に出る学生を対象とした商品、安価な海外航空券を利用すれば、より安く海外旅行を楽しむことができます。格安航空券は、早めの予約が鍵となります。人気の航空会社、旅行先の格安航空券はすでにできなくなってしまいます。
 森村泰昌さん(1951年生まれ)は自らが古今東西の名画や女優などに扮装(ふんそう)して写真に撮った作品で知られる現代美術家だ。今回モチーフにしたのは日本画家、北野恒富(1880〜1947年)の「婦人図」。この絵は昭和4年に高島屋の大阪長堀店で開催された着物展示会のポスターになった。大阪郊外の駅に張られると、その日のうちになくなってしまうほどの人気があったという。そのため、オリジナルのポスターは大阪の高島屋史料館にも残っていない。

 森村さんは着物の柄が違う6つのバージョンを制作。今回の展覧会にあたり、高島屋は洋画家、小磯良平(1903〜1988年)の「日本髪の娘」(昭和10年)や竹内栖鳳(1864〜1942年)の「アレ夕立に」(1909年)で描いた着物を再現。それを森村さんがまとった。

 原画は柔らかそうな肌でほのかな色気をただよわせた若い女性だが、森村さんは女性のような肌の柔らかさはないが、視線や手の表情などにより、色気のある女性を演じる。

 森村作品のおもしろさは彼が作品のモチーフとして取り上げることで、モチーフ自体も時代を超えて浮かび挙げられること。美人画で知られ関西を中心に活躍した北野恒富という画家も再び脚光を浴びることになるだろうか。

 森村さんは北野の「婦人図」について「見れば見るほど、日本画なのに写真みたいな描き方である」と図録に書いている。が、逆に和紙にプリントした森村作品は写真なのに、日本画のような風合いを醸し出しているのがおもしろい。6点を発表。(渋沢和彦)

 25日まで(無休)、東京都中央区日本橋2の4の1、高島屋東京本店6階美術画廊Xで開催中。無料。(電)03・3211・4111。その後、新宿店(8月10日〜22日)などに巡回する。

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 岩手県大槌町の安渡(あんど)地区は海に近く、住宅は津波でほぼ壊滅した。地区全体の避難者は559人(255世帯)に上るが、平地が少なく、地区内で用意できた仮設住宅は94戸。ほぼ全員が地元の仮設住宅を希望するが、6割超が地元を離れなければならない。今も240人近くが避難生活を送る町立安渡小学校の避難所では、仮設住宅入りに複雑な思いを抱く住民が少なくない。

【安渡地区の被害】

 「みんなに申し訳ない」。安渡小学校の体育館で夫(72)と生活する女性(72)は希望通り、同小の校庭に建設された仮設住宅の入居が決まった。倍率の高さから内陸部の仮設住宅に決まると考えていた。当選した時はうれしかったが、希望がかなわなかった人のことを考えると眠れなかった。避難所内で仮設住宅について大っぴらに話す人は少ないという。「みんなひそひそ話だよ」

 安渡小の教室で生活する別の女性(58)は、安渡地区から車で15分以上かかる和野前段(わのまえだん)地区の仮設住宅に入居する。「車の免許を持っていないことを考慮してもらえなかった。(和野前段地区は)第5希望だったのに」

 仮設住宅を担当する大槌町地域整備課の職員は「安渡の人には気の毒した」と苦しげに言う。和野前段地区へ移住する女性は新生活への不安より、生まれ育った安渡を離れることが寂しくてならない。

 「同じ町でも、風の香りが違う。安渡の風は優しい香りがするんです」【神足俊輔】


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 東京電力福島第1原発事故で、立ち入りが規制される警戒区域に指定されている福島県楢葉町の和太鼓クラブ「ならは天神太鼓うしお会」が、3月に同町で実施するはずだった卒業コンサートを18日、東京都千代田区のホールで行う。会の指導者だったプロの太鼓奏者が、避難生活を強いられているメンバーの「仲間ともう一度太鼓をたたきたい」という思いに応えた。4カ月遅れのコンサートは仲間の再会の場になる。

 うしお会は、地元の小学生から高校生で構成。1988年、町役場に当時勤務していた高原カネ子さん(62)が趣味の和太鼓を子供たちに楽しんでもらおうと始めた。05年からは、プロの和太鼓ユニット「JU−ZO」の佐久間崇さん(38)が、月1回、東京から楢葉町に通って指導してくれるようになり、昨年11月には、福島県和太鼓ジュニアコンクールで初の準優勝に輝いた。

 東日本大震災発生2日後の3月13日に予定されていた卒業コンサートは、進学・就職のため会を離れる高校生7人と一緒に演奏できる最後の晴れ舞台になるはずだった。ところが、震災に加え、原発事故の影響でメンバーは散り散りになった。

 佐久間さんが、コンサート開催に向け動き出したのは4月末。教え子が家を津波で流されたり、避難所で孤立している窮状を知ったからだ。「メンバーは家族のような存在。再会の機会を与えてあげたい」と調整を始めた。

 出演するのは、3月のコンサートに出る予定だった小学生から高校生21人のうち17人。多くは福島県内の避難場所から会場の東京に向かう。震災発生当時の会のリーダーで、現在は茨城県の大学に通う遠藤たか子さん(18)は「メンバーに再会できることが何より楽しみ。生活の一部だった太鼓と離れる同級生もいるけど、気持ちにけじめをつけられる」と意欲を見せる。

 コンサートは18日午後2時から東京FMホール(千代田区麹町1)で、演目は地元の「楢葉音頭」や楢葉町の四季をイメージした「天汐(てんちょう)」など。高原さんは「太鼓はみんなの思いを一つにして音にする。避難をしている時に手を差し伸べてくれた人たちへの感謝や、生活再建への第一歩を踏み出すという決意を込めたい」と話している。【吉住遊】

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